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タイのインターナショナルスクールについて

タイのインターナショナルスクールについて

インターナショナルスクールをひとくくりにして一概に述べるのは難しいのですが、日本的な教育とは明らかに異なる部分が多いので、入学したばかりの生徒や保護者にとっても戸惑う部分が多いと思われます。

アメリカ式やイギリス式などのカリキュラムも、近年では根本は非常に似通ってきたと感じます。以前はアメリカ式は、選択科目が多いなどの特徴がありましたが、近年はイギリス式でも自分で科目を選びながら進めていく学習が主となり、科目選択の自由度は、アメリカ式の特徴でもなくなってきました。

そんな中、インター校の共通点をあげるならば、「構成主義」的なアプローチを取っている学校がほとんどである、ということが言えるでしょう。このようなアプローチには、下記のような特徴があります。

人間は既に知っていることでないと学べない(過去の経験からの知識により始めて新しい知識を得ることができるということ)、という理論に基づき、「生徒が積極的に学ぶほうが受動的に知識を受け取るよりもはるかに学習効率が高い」と考えている。

生徒たちの様々な性格または背景を先生がよく観察し、把握し、その上でクラスの調和を図ろうとすることで、理想的な教育環境が生まれると考えるので(個々の楽器とオーケストラの関係のようなもの)民主的な環境が好まれる。「個性を大事にする」、というのは、構成主義においてはこのように、先生が個人の個性を指導内容の考慮に入れることを指す。

「能動的な学び」は、単に受動的になるのでなく、インプットとアウトプット(受動と能動)の両方があることで促進されるので、生徒同士が互いに学びあい、教えあい、話し合うなどの学習空間を教師が促すようにするやり方が推奨される。または、生徒と教師が積極的に関わるようにすることが望ましい。

結果、「生徒中心型」の教育となる。ここでいう生徒中心とは、生徒が好き勝手に勉強したいことを決める、という意味ではない。先生はある決まったカリキュラムに沿って教えるのではなく、生徒の進みや興味関心を見定め、学びが最も促進される環境を提供するために生徒をよく観察する、といった試みをする。これが「生徒中心型」といわれるゆえんとなる。

先生はあくまでも学習を「促進する人物」であるため、教えることよりも生徒が自発的に学習できるような流れを作ることに精を尽くす。

結果、生徒が自分の学習に対して責任を持つという認識を持つように先生は促すことになる。そのため、「生徒にどのようなことを求めているのか、指導者は明確にする必要がある」。こうすることで自発性を重んじるため、「答えを出さずに問いを出す」、というやり方を好む。

学習塾GENIIも、「GENIIってどんな塾」でも書かれているように、この構成主義的な教育の考え方に影響を受けています。

上記の理念に基づく具体的な学習方法

具体的に、以下のような取り組みが、インター校では通例行われています。

ディスカッション:討論が相互理解を深め、積極的な参加により議題への理解を深めることにつながり、コミュニケーション能力の向上に役立つとの考えから。
エッセイ:自らの考えをアウトプットすることにより、積極的な「思考の構築」が行われ、思考力を身につけ、表現力を養うとの考えから。
リサーチプロジェクト:自発的に調べ、その過程で必要な知識を身につけ、深い洞察と昨今を生き抜くための情報収集能力を養うとの考えから。
実験:ディスカッションと平行して行われることがしばしば。実験という活動を通し、原因と結果の具体例を見ることで課題への理解を深めることが狙い。
フィールド・トリップ:遠足のようなものだが、実際に見聞きすることで物事を実体験として学習することで実世界から学びをする、という体験をさせ、さらにはそれが学びそのものを促進させるという考えから。
動画鑑賞:視覚を刺激し、他とは異なる新しいタイプの経験と映像が生み出す学習効果を狙う。

もちろんこの他にも、伝統主義的な教育に見られる定期テストも存在しますが、先生が一方的に説明をするレクチャー形式の授業形態の割合は日本などに比べると少ないと言って良いでしょう。

構成主義的学習方法に関する懸念

科学に裏打ちされた、先進的な素晴らしいと思われる教育理念に基づいた主義であっても、以下のような問題点もあり、場合によっては決して良い結果を生むとは言えません。

評価のつけ方が曖昧

評価基準がそもそも曖昧が場合がある。

先生が主観的な場合がある。

先生によって評価基準の高低が異なるので、公平でなくなる。

怠けようと思えば怠けられる。

生徒も先生も、いくらでも適当になってしまっても、客観的な数値として残らないので誤魔化しがきいてしまう。

一生懸命にエッセイなどの添削を行う先生と、てきとうに添削する先生などを差別化する基準がない。

生徒が求められている基準を分かっていない。

「なんでこんなことをしているんだ」といった思いに駆られた生徒には、積極性がなくなる。

訳も分からず進んでいき、具体的な知識の蓄積や説明が不十分と考えられる授業に不安を募らせる生徒にも、積極性がなくなる。

以上のように、理念は素晴らしくても現実的な課題があるのも事実。それを解消するために、欧米ではエッセイの評価やディスカッションの評価にルブリックという評価基準を設け、先生が観察と洞察によって生徒の学びを評価したりするシステムができつつあります。しかし、こういった先進主義的なものから派生した学習方法というのは、伝統的な教育とまったく別の形式となるので、勉強熱心な先生ならば対応できるかもしれないが、末端にまで浸透させるのが難しい、というのが現状です。現に、インター校でも何人かの先生が「いい加減」と生徒から酷評されることもしばしば。実際に指導要領のようなものが存在していないのではないか、というような行き当たりばったりな授業をする先生もいるという。そうなると授業中に何も達成できていない、と生徒が感じてしまいます。生徒の評価を定期テストなどの試験に依存している部分が少ない分、客観的評価に関するテクニックと、先生への評価の基準を設けることが、インター校のこれからの課題と言えるでしょう。

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